アナリストは電動プラグの夢を見るか

パパとママには言えない性癖の世界へ…

ローリング・ストーンズのファンのわたしは新しいオリジナルアルバムがリリースされる度、ショップでLPレコード、CDを買う。中3の頃(1982年)のファンなりたて期は、彼等の来日は夢の夢のようなもので、当時コアなファンは大枚叩いて海外でライブを観るしかなかった。

ファンになりたての時、彼等はヨーロッパツアーの真っ最中でちょっとポップなライブ演奏の彼等も勿論好きだ。しかし個人視野で他に魅力的な彼等の時期は、ブラックミュージックカヴァーバンドとしてブラックミュージックを真剣にカヴァーしていた頃だ。デビューが1963年で翌年の1964年全般と1965年の上旬辺りだ。その時期にはまだサティスファクションもジャンピン・ジャック・フラッシュもブラウン・シュガーも、オリジナルロックンロールはなかった。

デビュー当時、彼らの演奏は荒く黒人音楽カヴァーバンドにしては、なんとかコピーと言えるレベルだった。演奏が向上したのは初めてのアメリカ演奏旅行を終えて直後であり、バンド全体の演奏スタイルが固まったのもこの頃に違いない。ブラックミュージック専門レコード会社のスタジオで尊敬するブルースマンがそばにいて、ブルースを、R&B、ロックンロールを細かく丁寧に演奏し、先輩ブルースマンから褒められると迫がつくものだ。

このセッションはまた彼等のアルバムでは2nd3rdの出来の良さの核にあたる出来事で、チェスのスタジオで録った音を基本に他の曲のカヴァーが完成している。60年代のブリティッシュインヴェンションからビートルズを筆答に数々の名バンドがレコードに名演奏を残したけども、その最中にハッキリとブラックミュージックの雰囲気までカバーしたバンドは彼等以外見たことも聴いたこともない。二十歳代初めのロンドンチンピラバンドが黒っぽい雰囲気を引っ提げて頂点にまで迫った切っ掛けとなる事件のドキュメンタリー、という感じだ。

「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」という名曲もチェススタジオの録音。この曲でどれだけの傷ついた人々の心が癒されたか… 勿論このアルバムに収録済みだ。

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