アナリストは電動プラグの夢を見るか

パパとママには言えない性癖の世界へ…

80年代初頭にSMはブームでした。深夜の情報番組、アングラだった専門誌、エロ本のグラビア、映画、ポルノ小説と専門の作家さん、など媒体を通してSMは青少年の性生活に影響を及ぼし、セックスそのものにちょっとした革命を与えたものだと勝手ながらに推測してます。わたしの場合はその時代に存在した写真雑誌「写真時代」巻頭グラビアの荒木経惟さんの緊縛ヌード写真で衝撃を受けました(当時は中学2年生)。

今でこそネット上で当たり前に見られる緊縛写真は、80年代初頭では有毒なほど強刺激でセンズリを覚えたて小僧のわたしは理性壊されました。局部のモザイク部分にオマンコの絵を描いたり、センズリで荒木経惟氏の緊縛写真にザーメン引っ掛けたり、狂わされていました。その頃から、自分も縛られたい、という願望を持つようになりました。

プレイは過去に何度かありまして、それが20代の終わりから30代の初めあたりのパートナーに仕込まれたんです。ガスマスクブレコン、蝋責め、浣腸責め、バキュームフェラレッスン、スパンキング、アナル拡張まで一通りの事はやって取り敢えずのマゾにはなってるんですが、思い起こせばその過程に緊縛が全くなかったんです。気が付かずに20年以上確実に過ぎてましたが、解る気がするんですよ。何故ならあれって面倒くさいでしょう。縛ると言っても荷物縛るのと違うようですから…

また当時ってネット上に画像サンプルがあってもマニアックな文献でしか資料がなかった頃で、ノウハウを教えるエロ動画はあったにはあったのだろうけども頻繁に見られるものでもなかったので、ゲイ向けの専門誌SM-Zなどグラビア写真から自己解析でセルフ緊縛をやってみたんですが…

上手くいくわけがありません。

手を抜いたつもりではなくても亀甲はゆるゆる。痩せていたから縄が胸部に食い込むわけではなかったですし、自撮りをしても写りヅラがみっともないこと。

取り敢えずはオナニーして強引に満足して、もう二度とやらないぜ、なんて後悔して…

緊縛のリベンジをしたのはつい最近のようなもので、このブログの第1回目の投稿になるんですね。今年の2月に札幌で行われた「縄会」に参加したときでした。そのときは従順なお弟子さんが亀甲と菱で本格的に縛ってくれたんですね。まるまる十年は空いていたし、緊縛に目もいかなかった時期もありましたが、やっぱりそこはX投稿活動再開してから興味を復活させたんですね。

やっぱりどMの血は枯れてなかったんでしょう

できればもう一回「縄会」に参加したいんですが、働いてると時間が取れないことと、札幌への移動ですぐヘットヘトに疲れちゃうから、緊縛がサマになるかってことになったら、ちょっと自信ないですね。年齢も年齢ですんで笑

で、やっぱり緊縛が好きなんですよ。これら画像はアジアンクローゼットさんの通販でブランド名ディープノバの赤縄ボディースーツの試着模様です。縄の太さと脂肪や筋肉に食い込む感触は縄に近いです。緩いと感じたら結い具合を調節可能。縄が太いので食い込んで変態中枢が刺激されました。

適当なシュチュエーションつけるなら、

密漁に失敗した蛸親父が変態漁師どもに捕獲され、チンポ狂いの性癖を暴かれ、罪を見逃して貰う為に深夜の番屋で肉便器調教を受けなければならない

といったところでしょうかね…

end

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