ゴールデンウィークが過ぎてしまったら、桜が散っている。美しくあれ、物悲しくあれ、ちょっと切ない桜の終わりの側では木々の新緑が清々しい。

だが、新緑の清々しい空気のもとにいるのは、五月病の若い患者どもで、わたしの勤め先から退職の若人が一人出てしまった。もうすでに職場から離れたが円満退職から遠い後味の

若人の失敗は「仕事への慣れ」から出てきた過信で、鼻を圧し折られたら翌日の出勤日のは、「退職いたします」と、こんな感じになる。そして予定通り確実に退職する。実際に職場撤退した。

偉そうなことを言うわけではないが、失敗とは、余裕で仕事をこなすことを終点に置いた場合の第一段階で、しくじりは付き物だ。問題は第二段階で、必死で修復するか否か、で兎にも角にもやらないと結果は出ない。失敗してもやり直しのチャンスはあるが、それを活かすか活かさないか、は本人次第なのだ。だがその段階を受け入れることはなかった。

「職場」を離れどこに行くのか誰も知らない。わたしは指導側から撤退したが、残った人員が本人への指導の際に良からぬことをしたのは確かで、やらかした連中は指導の基本・ノウハウをわたしから教わった者達だ。だが暴言で命令に服従させることは教えていない。父親のことまで出されて罵られたら、当たり前に腹が立つ。この腹立たしさに堪える辛さを自分は痛い程知っている。

指導の悪さを指摘する側にわたしはいないので、厳重注意は本部から下されるだろう。職務上本人と組んだのは6日あり、最終日の5月4日の職場で退職届の受理から退職理由も判った。わたしは誰の味方でもないが、間違えた指導で損害を与えているから、相当な処分が下されるだろう。
この桜吹雪の中どこに行くのか知らないが、前の職場よりも良質な勤め先に出会えることを願う。時間に流され老いぼれる前に魂の矛先を見つけなさい。

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